No.345
☆24日(金)に、今月10日の、術後1年3ヶ月目CT検査の結果を聞きに行って来た。
当然のように、何の問題もなく、
血液検査の数値も相変わらず安定していて、
主治医も安心したようで、
初めて、次の検診を1ヶ月先に延ばしたのだった。
毎月の検査結果を調べてみたら、
術後2ヶ月目の去年の1月には、
数値は現在と変わらないところに落ち着いていた。
以後、1年と1ヶ月以上健康な状態が続いている。
去年、唯一生活に支障を来したのは花粉症だけで、
それも常用している市販の目薬だけで凌いだ。
その花粉症さえ、去年発症した2月25日を過ぎても、
今年は出て来ないのである。
これだけ健康な状態が
1年1ヶ月以上も続いているという事実を前にして、
わたしは、はたと気づいた。
これはもうガンが治っていたのだ、ということに。
わたしのガンは、
術後2ヶ月で、既に治っていたのだ、
ということに。
そう思うと、現代医療のまやかしに呆れ果ててしまう。
お前らはいったい何をやっているのだ、と。
ガンは、他臓器に遠隔転移したステージⅣの場合でも、
手術で切除すれば2ヶ月で治る。
抗癌剤など一切必要ない。
この厳然たる事実をなぜ現代医療は知らないで済ませているのか。
わたしの体が特殊だからではない。
そうではなくて、
わたしの退院後の生活が
現代文明のシステムから外れた特異なものだからであり、
それは、現代文明の最先端に位置する現代医療には
決して理解できないものだからである。
おもしろかったのは、検診の時、
手術の執刀後でいつになく饒舌だった主治医が、
わたしに向かって
「食事療法をしてるんでしたっけ」と
初めて聞いてきたことだった。
もちろん、それまでわたしのほうから話したことは一度もない。
それで、
わたしが退院後は全く食事を変え、自己流で玄米菜食にしていると答えると、
「我流ですか」と言って、
それきりだった。
彼に興味がないことはないのだろうが、
現場の医者にこれ以上求めることはできない。
今はまだ縁がないということだ。
☆どこかの田舎者の都知事が、
「原発の是非を問う都民投票」を求める署名が規定数以上に達したことに関し、
吉本隆明の名前を挙げ自分の味方につけて、
反原発派の人々を「サル」呼ばわりしたのだそうだ。
どうせ吉本の本など読んだこともないだろうに、
都合のいい時だけ利用するとは、
吉本も舐められたものだ。
「撃論」とかいう雑誌や「週刊新潮」にも吉本の発言が載っているらしいが、
わたしは今余裕がなくて読んでいない。
推測にすぎないが、
わたしは吉本の発言は
「試行第68号1989.2」の「情況への発言」を超えるものではないだろう
と勝手に思っている。
そこには
「おれは少しも原発促進派ではない。だが原発を廃棄せよと主張するような根拠は
どこにもない。ソ連原発事故のようなものは確率論的にはあと半世紀は起らない。
半世紀も人命にかかわる事故が起らない装置などほかにないし、航空機や乗車事故
よりも危険がおおいとも思わない。大衆や婦女子の恐怖心に訴えるソフト・テロなど
粉砕すべきだし、改廃を論議し市民の運動としたいなら大衆の理性と知性に訴え
られなければ、そんなものは反動にすぎないのだ。
安全性について賛否をいえば、おれなら反原発運動に反対。原発促進にも積極的
に同意する根拠と立場をもたない。だからといって原発促進に直ぐに賛成ということ
にはならない。それは一般大衆の場所と政府や原子力公団の場所との距離の遠さ
を無視することになるからだ。」(一部改変)
と書いてあった。
吉本はここで、原発問題を
「1安全性の層」「2地域・経済・利害的な層」「3科学技術的な層」「4文明史的な層」の
四つの層で考察していた。
その論旨は明快で、米ソの冷戦構造下では、
確かに、意義があった。
だが、時代は大きく変わり、
吉本が挙げた四つの層すべてにおいて
修正が必要だ。
ただ、吉本が反原発に異論を唱えるのは、
エネルギー政策を一気に大転換させれば、
必ず、一般大衆にシワ寄せがくることを
見据えているからである。
どこかの都知事とは無縁の思想である。
20120226